テツガクのヒトシズクのウラバナし

ヨーチャング研究所
YO-chang Kenkyu-syo



   他者のことを念頭においた
   行動をとる。


   簡単なようで、難しいような
   気がする。



   なぜなら、近所トラブルといった
   ことがたえないから。





   自分と同じ存在はいないという
   摂理がわかっているのだとしても、

   自分の価値観でみれば 不満が
   フンシュツしてしまう。




   他者には他者の価値観があるのだと
   分かっていれば、トラブルも
   おきないのだろうか ------------------



   そうする心の余裕が、今の社会には
   あるのだろうか?




   それとも、もうこの世界自体が、
   自分のことしか考えられなくなっているから・・・

   “一番”なものしか生き残れないから ------------------




   そんな世界の価値観が、存在意義が
   かわらない限り、

   無理なのだろうか・・・?







   だからこそ、“ルール”というものが存在
   するんだろうけど、

   大多数のひとは、それを守って生きているから、

   望みは、あるといえるのだろうか ----------------------------





















(C) 2008 YO-chang Kenkyu-syo.

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「人体の進化」