テツガクのヒトシズクのウラバナし
“ほんとうに”人間が大きいひと、というのは、
ケンキョなのではないだろうか。
つまりは、腰が低い → 「小さい」。
それで、バランスが、とれている ---------------------
でもなかなか、そのような態度は
とりづらいのが現状で・・・
“でも”、ということは、
そのひとが、人間が小さい。
ことのあらわれなのだろうか -------------------
そのみかたからいくと。
“ということは”
人間が大きくなると、自然と
「小さく」なれる ----------------------------
腰が低い態度に自然と、
なっていくものなのだろう・・・
・・・だとすれば、
何も、意図的に、ていうか
意識して、
ケンキョにすることはないんだな。
「人間が大きくなれれば」
自然と、謙虚になっていけるのだろうし、
その方がきっと、
周りの存在も、“気持ちがいい”。
のだろうから ----------------------------------
(C) 2007 YO-chang Kenkyu-syo.