テツガクのヒトシズクのウラバナし
自分とは「違う」、異質なものに対して抱く不安なり恐怖を、
いかにしてコントロールしていくか。
一番いいのは、それを避けること、
なのかも知れない。
けれど、避けられないのなら?
いつかは、直面しなければならないもの、ならば?
これはあくまで“私見”にすぎないものだけれども、
その「不安」なり「恐怖」の中に
身をおいてみるより他ないのではないでしょうか・・・
でもそれはちょうど、
人食いザメの真ん前に、正座して居なさい。
とでもいうようなものだろう。
“でも” ・・・人食いザメでも、おなかがいっぱい
だったりしたら、おそわないはず。
つまりは・・・ 自分の中にある、
「人食いザメは、必ず人を食い殺すはずだ」
とかいう観念というか概念というか、
そういうのが恐怖とかをもたらし、ハメツに
おいやる・・・
のだとしたら、やはり、
その「不安」なり「恐怖」なりの中に身をおいて、
自分の出来る範囲でいいからそう努める中で
「そんなことはないんだ」ということを、
体全体にしみこませていくしかない気が私には、
するのですが・・・
たぶんそういう「不安」とかって、
自分のおもいとかを超えてわっっ、と、反射的に
おこっちゃうものなんだろうから ――――――――――
でもやっぱり、こわいものは、「こわい」。
ですよね?
ただ、「こわい」という感情をそれだけ感じられると
いうことは、
その反対の「こわくない」、
まだ見ぬ“すばらしい”(かもしれない)世界も同じ位、
かんじられるんじゃないか。
「こわい」。
という、みんながその一線をこえられたら、
勇気をだせたなら、
この地球のあり方も、変わるんだろうか --------------------
(C) 2007 YO-chang Kenkyu-syo.