テツガクのヒトシズクのウラバナし
よく、外の世界は、自分の内面の世界の投影だって
いわれませんか?
つまり、自らの“嫌な点”がなおらない限り、他者の
“嫌な点”も、おさまらない、ていうことなんでしょうか。
もしそうなら、地球も、そうなのかな。
つまりは地球自体の“嫌な点”が投影されているのが、
まさにこの“世界”、なのだと。
だからまずはその地球の“嫌な点”が“なおらなければ”、
この世界も“このまま”だし、
この世界がこのままならば・・・
やがては、この地球を“シンショク”するものが、
外部から・・・
この悪循環を絶(た)つには?
地球自体がまず、かわらないと・・・
この世界も・・・ 私たちも・・・
“かわれない”の、だろうか?
私たちが、そしてこの世界が地球の投影された
姿にすぎないのだとしたら。
主体はあくまで「地球」であり、だからこそ、
私たち“投影された姿にすぎない存在(もの)”が
いっくらがんばっても、“だめ”なのかな。
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