テツガクのヒトシズクのウラバナし

ヨーチャング研究所
YO-chang Kenkyu-syo
よく、外の世界は、自分の内面の世界の投影だって
 いわれませんか?


  つまり、自らの“嫌な点”がなおらない限り、他者の
 “嫌な点”も、おさまらない、ていうことなんでしょうか。


  もしそうなら、地球も、そうなのかな。

  つまりは地球自体の“嫌な点”が投影されているのが、
  まさにこの“世界”、なのだと。



  だからまずはその地球の“嫌な点”が“なおらなければ”、
  この世界も“このまま”だし、

  この世界がこのままならば・・・

  やがては、この地球を“シンショク”するものが、
  外部から・・・





   この悪循環を絶(た)つには?


  地球自体がまず、かわらないと・・・

  この世界も・・・ 私たちも・・・

  “かわれない”の、だろうか?


   私たちが、そしてこの世界が地球の投影された
   姿にすぎないのだとしたら。



   主体はあくまで「地球」であり、だからこそ、
   私たち“投影された姿にすぎない存在(もの)”が
   いっくらがんばっても、“だめ”なのかな。



        ・  ・  ・  ・  ・ 






(C) 2007 YO-chang Kenkyu-syo.

Google

「地球の誕生」