テツガクのヒトシズクのウラバナし
今の時代って、たしかにある意味、“平和すぎる” ―――――
とりわけ日本にいると、そんなかんじがします。
でも、ふぐたちにとっては、
同じ日本の中でも、キンパクした毎日をおくって
いるわけですよね。
べつに、カクリされてるわけでもない、
同じ、日本というその中でも、ふぐと人間では、
そして人間の中でもやはり、
「キンパク」していたり、「ゆったり」だったり、と
いうように、
心のありかたがそれぞれ、ちがっていたりする。
そうか、
ふぐだってキンパクした、生きるか死ぬかの中で
生きてたって、あんな柔和な顔でいるしね・・・。
まわりがどんな状態であろうとも、心の状態は、
自分のあり方しだいでいつでも、「ゆったり」と、
いられる。
“たしかに”、
どんなにまわりが“キンパク”してたって、まるで、
平和であるかのように「ゆったり」と、いられるのかも
知れませんが・・・
どうすれば、よろしいんでしょうか・・・
ふぐさん。
やはり、“ケーケン”、なのでしょうか?
けっこう、 キンパクの中でも
柔和なかおをすることをこころがけて
続けているうちに、
こころも、そうなっていく・・・
そういうものなのでしょうかねーーー、
やはり。
(C) 2007 YO-chang Kenkyu-syo.