テツガクのヒトシズクのウラバナし
ヤンバルクイナは、“飛べない”
というよりは、
“飛ばない”。
今回は、それを前提にして
かいています。
というか、
この世の生物の性質、つまり今回のでいうと、
“飛べない”その性質、というのは、すべて
自らの意思によって、形どられているんじゃないか。
と、私には思えています。
それが「あたり前」とおもう時点で、その性質を自らも、
受け入れている――――――――――――――――
その意味で、自らの意思の上での“性質”、なのでは
ないか、と。
ちなみにさいごの、
“ソーテーのハンイナイ”、とのことば ・・・
ちょうど、フジテレビの「25時間テレビ」をみた翌日
にかいていたこともあってか、なぜか最後に ―――――
フッ、 と・・・
浮かんできてしまいました。
でも。
そのことばの使用に際しては、かなりの
葛藤(カットウ)があったことをせめて、
この場に、“明記”させて、いただきたい・・・・
の、でス、が?
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(C) 2007 YO-chang Kenkyu-syo.