話の一滴(ひとしずく)

ヨーチャング研究所
YO-chang Kenkyu-syo


           今回のテーマは、「人類の誕生」です。



    <別枠>

    “話の一滴”の“ウラ”   テツガクのヒトシズクのウラバナし





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    <内容>

    ○“なげかけ”

    ○人類の誕生について(1) 〜人類の誕生定説のぬりかえ〜
    ○人類の誕生について(2) 〜「類人猿」について〜
    ○人類の進化について

    ○“なげかけ”の「こたえ」

      ≪参考文献・資料≫


    ○テツガクのヒトシズク

     (主にテーマの<内容>から
      独自のテツガクを展開させてゆくコーナーです。)


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  ○“なげかけ”


   ---- 人類の属する初期の霊長類はどんなかんじだったか? ----





                                 つづきは、後ほど・・・



  ○人類の誕生について(1) 〜人類の誕生定説のぬりかえ〜


    2002年7月フランスブルネチームが アフリカ中部のチャドで700万
   年前、人類の完全な頭骨を発見した。

   この化石は人類の祖先の中でも最古のものとみられ、ブルネによれば、ヒト
   の系統とチンパンジーの系統とが分岐した直後のものだろうといわれている。

    
    アフリカの人類祖先をめぐる新しい論争が行なわれている。


   人類進化の典型的な説は、人類は東アフリカで約500〜650万年前にチンパン
   ジーとの共通な祖先から生まれ、サバンナで二足歩行を始めた、とするもの
   だった。

   そして最近まで、440万年以上前の古い化石は知られていなかったが、チ
   ャド、ケニア、エチオピアからあらたに見つかった3種類の化石によって最
   初の人類の様子が明らかになるとともに、人類誕生の記録が700万年前に
   までおしあげられた。

    これらの発見は、従来からの古人類学の認識をくつがえすものだが、しか
   し、これらの化石が人類とどのような関係があるか専門家の意見は一致して
   いなく、ヒトの祖先ではなく、類人猿の祖先とする見方もある。


    つまり、400万年前よりも古い人類化石は20年間見つからずにいたが、
   このところ数年間に相ついで古い化石が発掘されてきた。

   新発見の化石が本当に人類ならば、人類はサバンナではなく、森で二足歩行
   を始めたということになる。

   ここで重要なことは、チャドの新化石発見は、従来の大地溝帯から2500
   kmも西のところであるので、人類は 以前考えられていた場所とは別のと
   ころで誕生したかも知れないと考えられることである。
    

    さらにこの発見は 初期人類の多様性についても熱い議論を起こさせてい
   る。



    いずれもこれは ほんの始まりで、物語の序章にすぎないとみられている。



  ○人類の誕生について(2) 〜「類人猿」について〜


    よく 人はサルから進化したといわれるが、ここでいうサルとは「類人猿」
   のことである。


    類人猿は人に近い霊長類の仲間で10種あり、

     
     1.人類に近い大型類人猿
      (オランウータン・ゴリラ・チンパンジー・ボノボ など)

     2.人類から遠い小型類人猿
      (テナガザル など)


     にわけられる。



    最初に人類と分れたのはテナガザル類で、約1600万年前で、ついで分
   れたのはアジアの類人猿 オランウータンの祖先で、約1300万年前であ
   る。

    そして アフリカに分布するゴリラ,チンパンジー,ボノボが人類の親戚
   筋にあたり、かれらはみな 地上を移動する手をグーの形にしてこぶしを地
   面につけて歩き、また一年中発情できるのもヒトと共通している。

   なかでもチンパンジーはヒトに近い行動をとることで知られ、かれらは食べ
   物を仲間で分けあい、道具を使うことができた。



    DNAテクノロジーの進歩により、人類と他の3つの類人猿がいつごろ分
   岐したかが推定された。

   約770万年前に最初にゴリラが分れ、残る2つのうちチンパンジーとは
   700〜500万年前に分れ、ボノボとは、その後約250〜150万年前にチンパン
   ジーの流れから生まれた種であると推定される。

   
    そしてチンパンジーとヒトの核DNAを比べると99%が同じだといわれ
   ている。



    以上のことから、人は類人猿から進化したもので、一番近いのはチンパン
   ジーであるということができる。



  ○人類の進化について


    人類の化石の発見が少なかった1970年代までは、人類は1つの時代に
   は1つの人類がいて、猿人,原人,旧人,新人と段階的に進化してきたとい
   う考え方が支配的だったが、やがてその後 数多くの人類化石が発見され、
   1つの時代にも複数の種や属の人類がいたことが分ってきた。

    その結果、何回も枝分かれして進化し、多くは絶滅し、現在ではホモサピ
   エンスだけが生存していると認識されるようになった。


    そこで人類の進化の概念をまとめると次の通りになるだろう。



    人類誕生の後、「アウストラロピテクス」をはじめとする“猿人”
    から「ホモ・ハビリス」等を経て“原人”に至り、「ホモ属」の
   “原人”・“旧人”から“新人”の「ホモ・サピエンス」へと進化し、
    現在に至っている。


    そして、一例として“猿人”と“原人”の間で「パラントロプス」、
   “原人”から「ジャワ原人」と「北京原人」、また“旧人”から
   「ネアンデルタール人」へと、それぞれ枝分かれしていったが、全て
    絶滅に至っており現存するのは、上記の「ホモ・サピエンス」のみ
    だと認識されている。
                  



  ○“なげかけ”の「こたえ」


    ---- 人類の属する初期の霊長類はどんなかんじだったか? ----

  

     哺乳類の分類上の目のひとつである霊長類は、白亜紀の終わり近く、い
    まから約6500万年前頃に誕生したといわれている。


     初期の霊長類はツパイという小型の食虫類によく似ていて、小型哺乳類
    (ほぼネズミ大)に起源を発しているかぎ爪のある四足獣で、約5500
    万年前の気候変動に伴ない個体数が増えるまできわめて原始的な状態にと
    どまっていたようである。


     そしてツパイから進化した、人類につながる霊長類の大半の特徴は、

  
      1.5本指を持つ

      2.手足を物をつかむために使う

      3.鉤爪からひら爪にとってかわった

      4.鋭い嗅覚はあまり必要ない(樹上生活の為)

      5.目の位置や大きさの変化により、
        正確な距離感が得られ立体視が可能となった(重要な変化)

      6.脳の視覚中枢、大脳皮質が発達した


       ・・・ことなどである。
      




    ≪参考文献・資料≫


     日本大百科全書              小学館    1994.01
     No12,No13

     大百科                     丸善     1995.02

     大図典 View                 講談社    1984.10

     進化の不思議と 小畠郁生 監 
     謎          小林紳一郎 他  日本文芸社   1999.10

     ヒトの誕生
     PHP新書080   葉山杉夫 著    PHP研究所   1999.06

     人間性の進化  馬場悠男 編  日経サイエンス社 2005.11



 


    
   





  ○テツガクのヒトシズク



    人類はかつては1種だけではなく、
    複数の“種・属”が存在していたという。



    そういえば 三葉虫も沢山の種類が
    あったりしたけど・・・



    そして、今の人間は「ホモ・サピエンス」だけと
    いうけれど、それでも、“場所”などによって
    肌の色や髪の色、背の高さの平均とかに違いが
    あったりする。





    なんで三葉虫にしろ「人間」にしろ・・・

  
    1種類だけにとどめておかずに、何種類も
    存在するのだろう。







     それはやはり、「自分は他とはちがう」
     ことを、目にみえる形でもわかるように・・・

      ?


     いや、内面が「ちがう」、つまりは
     魂とでもいうものが「ちがう」からこそ、

     それが どうしても、外面にあらわれて
     しまうその、結果なのではないか・・・?



     そして“似たものどうし”、

     魂の似たもの同士が、1つの種類として
     くくられていたりする。


     それが、国単位だったり、
     アジアとかヨーロッパとかいうもの、

     つまりは場所だったりする。





      でも、くくられているその中の1つ1つを
      みると、ビミョーにちがっている。


      それでも、くくってしまっている。


      なぜ、くくる必要があるのだろう。



      やはり、仲間がいないと
      さびしいから?


      助けあえないから?




      
      たしかに、くくってしまうと、
      その1つ1つのちがいがわかりづらくなるけれど、
     
      それなりに「良さ」もあるだろう。



      何より、1人で頑張れないことも、

      仲間がいるならば、その存在を
      感じるだけで頑張れることも、ある。


      そう考えると・・・




      
      “そこで”、


     「1種類」だけというのは、ある意味
      楽だろう。


     “比べる”ということも「少なく」
      なるかも知れない。



      でも ・・・ たとえば1つの志にむかうとき、


      同じ仲間内で頑張ろう!という
      気になるより、

      ちがう仲間で頑張ろう!という
      気になれるなら、

      
      そういう気になれるのは
     「あたり前」に思える前者より、

      後者の方が、“頑張ろう!”
      という気持ちが私は増すように
      思える。





      だからこそ、同じものでも複数存在し、

      あえてくくって、“差別化”
      することを自然と、やっているのかも・・・



      いつか世界全体が そのことに
      気づくときがくる時の為に ------------------------









      そして・・・


      そのことに気づかせてくれる
      ものとは、一体、何なのか?



      ------------------------------------------------






























       まずは“1つの志をめざす”こと ---------------------



        それが何より、“必要”なのかも
        知れない。
    




     
          
        




















 

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    “話の一滴”の“ウラ”   テツガクのヒトシズクのウラバナし





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