話の一滴(ひとしずく)

ヨーチャング研究所
YO-chang Kenkyu-syo


            今回のテーマは、「ヒスイ」です。



    <別枠>

    “話の一滴”の“ウラ”   テツガクのヒトシズクのウラバナし





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    <内容>

    ○“なげかけ”

    ○ヒスイについて
    ○ヒスイの語源
    ○年代経緯      

    ○“なげかけ”の「こたえ」

      ≪参考文献・資料≫


    ○テツガクのヒトシズク

     (主にテーマの<内容>から
      独自のテツガクを展開させてゆくコーナーです。)


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


  ○“なげかけ”


         ---- ヒスイはなぜ、緑色なのか? ----





                                 つづきは、後ほど・・・



  ○ヒスイについて


    ヒスイ(jadeite)は、ヒスイ輝石、あるいは硬玉ともいい、鉱物学的には
   輝石のなかまである。

    しばしば軟玉(角閃石のなかま)を含めた広い意味で用いられることもある
   が、その場合、英名では「jade」と呼ぶ。(主に緑色の宝飾品を指す)



    ヒスイ輝石は 変成鉱物の1つで、曹長石、透閃石、透輝石、灰ばんざくろ
   石、石英などと 蛇紋岩体中に含有されて産出することが多い。

    塊状あるいは脈状をしている。

    ヒスイ輝石を含む岩石は、低温高圧の変成を受けて長時間かけてできたも
   ので、このような変成条件は、プレートと大陸地塊との接触部でのみ作られ
   るものと考えられている。

   日本ではフォッサマグナ(大地溝一帯)すなわち新潟糸魚(いとい)川地域で
   発見される。

    比重は3.3だが 比重の軽い、前述の蛇紋岩に包まれて地表に押し出され、
   表面の蛇紋岩が風化して現出する。

   (ちなみにこの蛇紋岩が風化した土にカビが生えないことと、ヒスイ内部に
   ストロンチウムが含まれていることが、ヒスイの魔よけ効果と関連し、由来
   しているのではないかとする説もある。)
    


    ヒスイ輝石の産地は、ビルマ(現ミャンマー)、日本、中央アメリカなど
   新しい時代の造山帯のみである。(中国・韓国からは産出されない。)

   日本では、新潟県小滝川流域および清海町などから大塊を産する。
   とくに小滝には淡緑色ないし緑色の美しいものがまれにみつかり 装飾品と
   して用いられている。

   また 新潟県糸魚川市の遺跡から多量のヒスイ製品・半製品が出土している。

   (特にミャンマー産のものは茶赤色の皮で覆われていたものが割られたもの
   だが、糸魚川産のヒスイは、川や海で自然に磨ぎ上げられた美くしい転石で
   あるのが特徴である。)

    細脈ないし小塊のヒスイは 静岡県、埼玉県、群馬県などからもその産出
   が知られている。



    ヒスイ輝石は普通、微細な結晶が集合して緻密な塊をつくる。
   これは強靭で、真の硬度以上に硬く感じられる。(しばしば粗い柱状の結晶
   があるが、こういうものは打撃に対してもろい。) 

    だからこそ
   宝石の中でヒスイが唯一の合成できないものとされていて、それは誕生に
   とても長い時間を必要とするためだともいわれている。


    たいてい、緻密な塊は白色ないし淡緑色で、淡青、淡紫など各種の色合
   いのものもある。 
    宝石としていろいろな形に研磨され、細工される。

    特に珍重されるのは 濃緑色半透明のものである。



    中国の古墳から良質のヒスイの装飾品が発掘されているが、いずれも中
   国本土から産出したものではなく、雲南省を経てミャンマー(旧ビルマ)
   からきたものとされている。

   現在でも中国は ヒスイを含めた玉の加工では世界第一の産出額を誇っている。


    日本でいうと縄文・弥生・古墳時代のヒスイは単なる道具・石器ではなく、
   神秘的な力をもった石として扱われていたようで、「勾玉」としてその名が
   知られている。

   そして過去から現代まで、日本から産出する鉱物で宝石・貴石として扱える
   ものはヒスイだけ といっても過言ではないようだ。

    
    ただ残念ながら 日本のヒスイは商業用に採掘されていなく、主として転
   石などで発見されたものだ。

   したがって市場に出ているヒスイ宝飾品はほぼ、ミャンマー産である。





       ヒスイ(翡翠/学名・英名:jadeite)

        化学組成成分:Na,Al,Si,O

             副成分:Ca,Mg,Fe,Cr

             結晶系:単斜
 
              硬度:7

              比重:3.3

                色:白、淡緑〜緑、清青、紫、黒など

              光沢:ガラス

              条痕:白

             へき開:二方向に完全
            (結晶の
           割れ具合)



  ○ヒスイの語源


    ヒスイを漢字で書くと「翡翠」となり、この2文字はカワセミの雄と雌を  
   それぞれ表わしている。

   カワセミは平野部の水辺にいるスズメくらいの大きさの鳥で、上面背側は金
   属的な艶を持つ青緑色、腹側などは橙色をしている。

    漢和辞典によれば、「翡」には橙、「翠」には緑という意味がある。

   ヒスイにも緑や橙色のものがあり、それが カワセミの羽根の色と類似して
   いることからヒスイが中国で「翡翠玉」と呼ばれるようになり、日本に伝わ
   って「玉」がとれ、「翡翠」となったといわれている。

    つまり、これによれば、現在ではヒスイというと緑色の宝石というイメー
   ジが一般的だが、もともとは緑色だけでなく、橙色も意識してつけられた名
   称だったということになる。

   しかし橙色、赤系統のヒスイはマイナーであり、宝飾品としての利用も 緑
   色のものに比べれば はるかに稀である。

   それに、カワセミにはたしかに橙色はあっても雄だけに限ったことではなく、
   雌も同じであり羽根の色が一緒なので、もしかすると、翡翠の語源は カワ
   セミの雌雄どちらにもある一番目立つ青緑色の部分と石の色との類似からな
   のであって、橙色は特に意識されなかったのではないかと想像される。



    ヒスイの学名でもある「jadeite(ジェーダイト)」は、英語の「jade
   (ジェード)」を構成する鉱物がおもにヒスイ輝石であるところから、その名
   がつけられたようだ。

    jadeはスペイン語の「わき腹石」からきていて、これは昔、jadeが腹痛
   をいやす石と信じられていたからといわれている。 



  ○年代経緯


    ヒスイの日本における年表を見ると 不思議なことに、縄文、弥生、古墳
   時代の遺跡から多く出土しているのに、8世紀をさかいにその後1939年(
   昭和14年)、ヒスイが新潟県糸魚川市周辺で再発見されるまでぱったりと、
   姿を消す。

    この背景にはいろいろ考えられるが1つの理由として、奈良時代のころに
   は、ガラス製法が発達してヒスイそっくりのガラス玉ができるようになり、
   当時としては ガラス玉などの美くしいものは宝石と同じ価値があったよう
   なので、ガラスがヒスイを駆逐したのであろうか。

 
    ついでにいえば、中国はヒスイの産地ではなく、似た色はしているが、
   値段はぐっと安価な軟玉が産出され、愛用されてきた。(そのことは、清
   の時代以前が玉文化でもあったことからもわかる。ちなみに中国でヒスイ
   文化が開花したとされるのは、13世紀清時代にミャンマーの産地が発見
   されてからである。)

    世界では、中米のオルメカ文化やマヤ文化でヒスイが盛んに使われていた
   が、16世紀初めのスペイン人侵略以降は1955年まで、忘れ去られてしまっ
   たようだ。

   これは日本での、飛鳥・奈良時代から1939年の再発見までのヒスイの消滅
   と「同じこと」と考えられている。



    現在の日本人のなかにもヒスイは中国産の宝石だと思っている人が多い。

   しかし、前述の通り中国ではヒスイは産出されず、ミャンマーから産出され
   ていたが、中国経由でしか外に出なかったので、そのように誤って認識され
   たようである。

    多くの日本の考古学者もまた、昭和初期まで、日本の遺跡から出土するヒ
   スイも大陸から渡来したものと考えていたようだ。

   その理由としては、日本国内では その産地が発見されていなかったことの
   ようだ。

   
   そして前述の1939年に東北大学での研究により、新潟小滝村産の緑色鉱石が
   ヒスイであることが論文発表されたが、当時は戦争混乱の時で、1941年(昭
   和16年)、考古学雑誌に日本産のヒスイの発見が紹介された。

   それから 日本で未発見だったヒスイが巨大な転石としていくつもみつかり、
   国内全般に知れわたるようになった。


    こうして現代ではこれらのヒスイは、新潟糸魚川・青梅地域の生産である
   とされるようになったのである。



  ○“なげかけ”の「こたえ」


        ---- ヒスイはなぜ、緑色なのか? ----



    ヒスイの色は「副成分」の配合によって変化するが、緑色なのは、そこ
   にクロム又は鉄を含んでいることから、そのような色になっている。

    
    一般にヒスイの色は緑色というイメージが強いが、実にさまざまな色の
   ものがある。 つまり濃淡の緑色だけでなく、白・黄・橙・橙赤・赤・青
   ・淡紫・黒などの色合いがある。

   新潟県糸魚川・青梅地方からは白・緑・淡紫・青・黒・黄色の6色が発見
   されているが、橙・橙赤・赤色のヒスイは見つかっていない。(これらの
   色は、ミャンマーからが多いようだ。)

    
    一口に緑色といっても鮮やかなもの、くすんだものなど微妙な色調の違
   いがあり、1個の石の中でも色調が不均等であることも珍しくなく、さらに
   1個のなかでも複数の色が共存していることもある。


    そのヒスイの色の原因は大きく二つに分けられる。

   一つは主要構成鉱物である本質の、ヒスイ輝石そのものの色に起因すること。

   もう一つは、ヒスイ輝石の結晶粒間に介在するヒスイ輝石以外の鉱物の、
   いわゆるみせかけの着色に起因することが、あげられる。
    

     (「本質」の鉱物に起因している色)

       鮮緑色、黒緑(クロムを含む)

         黄緑〜緑(鉄:2価)

            紫(チタン:3価)

         青〜青紫(鉄:2価〜チタン:4価)

       紅紫〜ピンク(鉄:3価)


     (「本質」以外の鉱物に起因している色)

        緑系統、淡青系統(角閃石類)

          暗緑〜緑黒色(蛇紋石類)

         黄〜赤褐色、橙(酸化鉄)

               黒(炭素)





    ≪参考文献・資料≫



   
    特別展 翡翠展−  翡翠展企画委員  毎日新聞社   2004.11
     東洋の至宝    編集                 

    国立科学博物館ニュース 第428号  国立科学博物館 2004.12

    とっておきの    宮島宏 著       フォッサマグナ   2004.3
    ひすい話                   ミュージアム









  ○テツガクのヒトシズク



    「ひすい」には、緑色の他にも

     実に、さまざまな色があるという。



    しかし、同じ「ひすい」であっても、
    色がちがうだけで、全く
    “違う”ように感じられるのがフシギ
    だなあと。


     ひとだって、ちがう色の服をきる
    だけで、それまでとは“違う”印象
    になることがある。

     そのものの性質は、かわらないのに ・・・




     またたとえば、

    明るい、派手(ハデ)な色を身に
    つけるひとは、実際の性質が
    「真面目」なのだとしても、

    「派手なひと」 

    とみられるだろうし、

    くらい色を身にまとうことが多い
    ひとは、どんなに「明るいひと」なの
    だとしても、

    「暗い」

    のだとおもわれてしまうことも、ある。


    けっこう、「ひすい」だって、そうなの
    かも ・・・




    
    「緑色」をしたひすいに対して
    我々がいだくイメージと、実際に
    その「緑色のひすい」が与えてくれ
    るものとは、

     きっと、おそらく、

     「ちがっている」のかも・・・





     それはきっと、色自体が、そのものの
    本質とは別の、色特有のイメージという
    か、“性質”を、もっているからなのだろう。


     青系統は「つめたい」とか、

     暖色系統は、「明るい」「あたたかい」
     とか ・・・



     でも、人間なら、服のいろはかえられる
     けれど、

     「ひすい」は、いくら その色かえたいと
     おもっても、かえられない・・・



     だからその、「色」が、
     ひすいの「色」そのものでさえも、
     本質と、なってしまうのか -----------------------------


      そう、みなされて、しまうのか ・・・


     「色」も、そのひすいの、「本質」と。
    


      中には、そうみなされることを
      残念だとおもったり、している
      ひすいも、あるのだろうか。



     「不本意」だと・・・

      そう、考えたり、しているのだろうか?





      でも、そのものを判断する
     基準は、「色」だけでは、ない。


     形とか、大きさだって・・・

     そうだし、

     ていうか、

     そういう「表面的な」ものは きっと、
     単なる“一判断基準”に
     すぎなくて、

     最終的には、そのもの自体が
     放つ、“雰囲気”というか ・・・



     そう、雰囲「気」、ありかた、感じ、

     というか・・・



     そういうもので、決まるのではないか。

     人を判断するのだって。





     そういうことを知ってるからこそ、
    「ひすい」とかっていう宝石類は、
     みんな、「きれい」で、

     それぞれ魅力的に
     光り輝いてみえるんじゃ、ないか。



     特に、「ひすい」なんかは、
     先程もいったけど色を
     かえられないから ・・・

     余計、色をかえられない分、自らの
    「ありかた」を、“すばらしくみせる”しか、
     ないんだろうから。





     だから人間はかえって・・・

     色とか服とか身につけるもので
     かえられることが、

     印象が 表面的なもので
     かえられるそのことが、

    「何か」をにぶらせたり、
     おこたったり、させてしまって 
     いるのかも ・・・知れない。





    「本質」を、見極め、
     その部分を磨こうとする、

     そのことを ------------------------------------------














































 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    “話の一滴”の“ウラ”   テツガクのヒトシズクのウラバナし





(C) 2007 YO-chang Kenkyu-syo.

Google

「ヒスイ」

ヨーチャング研究所御文庫TOPへ