今回のテーマは、「シーラカンス」です。
<別枠>
“話の一滴”の“ウラ” テツガクのヒトシズクのウラバナし
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<内容>
○“なげかけ”
○シーラカンスについて/特徴
○シーラカンスの生態/海底を這っていたか?
○今日まで生き残った要因
○誤った諸説
○遊泳行動の撮影成功
○最近の研究
CGを利用した研究/
三次元データベースを利用した研究/
DNAレベルの研究
○まとめ
○“なげかけ”の「こたえ」
≪参考文献・資料≫
○テツガクのヒトシズク
(主にテーマの<内容>から
独自のテツガクを展開させてゆくコーナーです。)
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○“なげかけ”
---- シーラカンスはなぜ、
陸上四肢動物の先祖といえるのか? ----
つづきは、後ほど・・・
○シーラカンスについて/特徴
シーラカンスは、最も古い化石が約3億7千万年前のデボン紀後期であ
ることから、その時代から存在していると推測され、6500万年前の白
亜紀に絶滅したとされていた。
しかし1938年、体長約1.5m、体重約57kgのシーラカンスが
南アフリカで発見され、生息が明らかとなった----------------------
しかもその間、ほとんど進化が見られなかった。
さらに1997年、インドネシアでもその生息が確認されている。
分類: 脊椎動物門 魚類上綱 硬骨魚綱 総鰭類 シーラカンス目
現存種: ラティメリア・カムルナェ、ラティメリア・メサドエン
シア の2種確認
化石種: 現在、約80種発掘
特徴
ひれ:シーラカンスの大きな特徴であり、第2背びれ、胸・腹び
れ、第1尻びれには柄があり、中には骨が入っていて自由
に動かせる。(肉びれ)
ちなみに、このようなひれをもつのはシーラカンスが属
する総鰭(そうき)類と原始的な「肺魚」で、合せて「肉
鰭(にくびれ)類」と呼ばれる。
“数”は、背びれが3つ、90度近くまで曲げられる尾びれ
は1つ、触角の役割をし、自由に動く胸びれが1つ、
そして、腹びれと尻びれがそれぞれ2つづつある。
うろこ:うろこの体表にあらわれた部分にはとげや空起が密集して
いて、やすりにもなる位かたく、大きい。全身に点在する
白いうろこはカモフラージュの役目をし、個体によって模
様が異なっている。
ちなみに、「うろこ」には、木の年輪と同じような成長
輪があって、一般に魚はこの成長輪を数えることによりそ
の年齢が推定できる。
シーラカンスにも成長輪があるが、それがどのような周期
でできるのか分っていない。一年に1回と数えると7〜8
年くらいのものが多いようである。
これまでの観察で、最高は11年と報告されている。
歯:上下のあごには細かくて鋭い円錐状の歯が2列に並んでい
て、内側に傾斜しているので、獲物をのがさずに丸呑みで
きる。
喉板 :あごの下に2枚ある。
(こうばん)
現存の魚類ではごくまれに持っているものがあるが、もた
ないのが大部分である。
胃:V字型で、扁平肉厚。内側の皮にはひだがある。
うきぶくろ:脂肪が詰まっている。
脳:体の割に57gぐらいと小さい。
普通の魚は体の0.1〜1%ほどであるのに対して、シーラ
カンスの場合は0.01%ぐらいである。
心臓:大変小さく、単純な構造で、他の魚類と同じく1心房1心
室である。
胎児を産む:卵は卵巣の中で大きくなり、受精後もめすの胎内で保護さ
(卵胎生)れて育つ、いわゆる「卵胎生」である。
全長175cmの標本から、大小いろいろなサイズの卵が
30個ほど見つかり、最大のものは直径9cm前後とのこ
とだった。
またある標本では、卵管で大きく成長した5匹の胎児がみ
つかり、いずれも30cmを越え、腹部に卵のうをつけて
いた。
また胎児を身ごもっているとおもわれる化石もみつかって
いる。
脊椎:骨のかわりに長くのびた管のような脊柱があり、1本の管
でできていて、内部は透明な体液で満たされている。
また、背骨は空洞になっている。
鼻の穴:「後鼻孔」はあるが、「内鼻孔」はない。
(詳細は後ほど・・・)
○シーラカンスの生態/海底を這っていたか?
シーラカンスの生態
シーラカンスは、昼間は海の深くにもぐっていて、夜は海底の斜面に沿
ってゆっくり浮上している。
食生活は“ただよいながら、近寄るものをくわえてのみ込む”(ドリフト
・フィーダー)――海底近くにすむ、体長50cmほどのサメ、ホラアナゴ
、キンメダイなどをまる飲みにする。
しばしば「逆立ち」をして海底にうごめく、主に魚やイカといった動物た
ちを食べる。
ほとんど光の届かない場所に住み、体色のカモフラージュが効果的に作
用し、大型の敵に遭遇することも少ない。
海が静かで、夜釣りの可能な日が少ないコモロ諸島付近で、1年に数
個体とらえられるだけという環境に守られて、シーラカンスは生きつづけ
てきたと推察される。
海底を這っていたか?
シーラカンスの大きな特徴は、前述の通り「ひれ」にあるが、その、柄
のあるひれを支える骨格は、両生類の手や足の骨格と基本的に似ている。
しかし日本シーラカンス学術調査隊が撮影したビデオをみると、シーラ
カンスはもぐったり、浮上したりするのは容易にみえるが、水平に泳ぐの
は苦手のようだし、また海底を這うには、尻びれが長く下に突き出ている
のでむりのようである。
一般にシーラカンスの尾びれとよばれている部分は、全部ほんとうの尾
びれではなく、後端についている小さいひれだけである。 その尾びれは、
幼魚の頃は長く伸びていても成長するにしたがって、短くなり、ほとんど
なくなってしまうものもある。
これはマンボウとよく似ているし、第1背びれを広げて立て、第2背びれ
と、尻びれを左右同じ側に振りながら急いで泳ぐという、泳ぎ方もよく似
ている。
シーラカンスとマンボウは全くちがった系統の魚だが、このような両者
の共通性は、並行進化として興味が深い。
○今日まで生き残った要因
1.卵ではなく、かなり大きく成長した胎児を産む「卵胎生」である。
2.昼は深い海に身をひそめ、夜になると上層に上って来るため、昼に
活動の多いサメなどに捕食されることが少ない。
3.体にある白い斑点は、海底で海綿や貝殻などがちらばって、光って
いる状態とまぎらわしいので(カモフラージュの役割)、岩の間にひ
そみ、えさが近づいてくるのを待って捕食するのに適している。
4.コモロ諸島の海は一年の大部分がかなり荒れていて、人が漁に出か
けられる期間がだいぶ限られる。
しかもシーラカンスは夜しか釣れず、バラムツを一本釣りでとると
きにたまたまかかるぐらいだと現地の漁師が話す位、釣るのが難し
い。
○誤った諸説
これまで シーラカンスについてはいろいろ誤った想像がされてきた。
それらは次のようなことである。
1.両生類のように、胸びれと腹びれで水底をはって生活している。
2.尾部の強い筋肉で、いわゆる尾びれ全体を大きく左右に振って泳ぐ。
3.電磁場に反応して逆立ちする。
4.泳ぐイカを追って食べている。
○遊泳行動の撮影成功
1986年6月、日本シーラカンス学術調査隊がコモロ諸島で人類初の、シ
ーラカンスの泳ぐ姿の撮影に成功した。
これは、当調査隊がコモロ諸島に足を踏み入れてから実に、5年の月日を
要した成果であった。
実際に見るシーラカンスの海中での動きは、誰もが予想していたものを
こえるもので、たくさんある特徴的なひれを同時に使って実にリズミカル
に調和のとれた泳ぎであった。
この結果は多くのデータを我々に与えてくれ、研究者のシーラカンス熱を
あおるきっかけとなったものである。
○最近の研究
CGを利用した研究
シーラカンスを傷つけることなく、体の構造を三次元像として観察する
ことが、CGを用いて可能となった。
この方法は、当初の標本から実施してきたが、最終的には生きているシ
ーラカンスに応用でき、偶然捕獲されたものを保護し、成長過程・個体差
・病気の有無などを調査したのちに、そっと海に帰す事も近い将来可能に
なることが期待される。
三次元データベースを利用した研究
脊椎動物が水中から陸上へと進化する手段として獲得したのは、肺と体
を支える手足である。
えらから肺への移行は、結果的に心臓の発達を促した。
重力に抗して体を支え、自由に移動するために、ひれから四肢が生まれた。
これらの研究にとって シーラカンスは 生きた研究材料として十分に役
立つものと思われる。
DNAレベルの研究
シーラカンスの生物学的特性の解明には、遺伝子ライブラリーをつくり、
それから様々のタンパク質の構造を比較研究する方向に向っている。
現在、成果を述べられるほど進んではいないが、着々と進行中である。
いままでシーラカンスの遺伝子DNAについてはまったく解析されていないが、
今後の研究しだいでは思わぬ結果が得られて、シーラカンスが「生きた化
石」である理由の少なくとも一端が解明されることを期待されている。
○まとめ
シーラカンスは何かとひとことで言えば、
4億年もの遠い昔、魚類から両生類、爬虫類、そして哺乳類へと至る生物の
進化の流れからはずれ、地球のある場所の袋小路に入ったまま、ひっそりと、
そのままの姿で生きつづけてきた孤独な魚、
「生きた化石」とでも言えるかも知れない。
○“なげかけ”の「こたえ」
---- シーラカンスはなぜ、陸上四肢動物の先祖といえるのか?? ----
最初に水中から陸上へ進出したのは、イグチオステガという両生類と言わ
れている。 そしてその両生類の起源とみられるのが、硬骨魚の仲間の総鰭
類(そうきるい)のシーラカンス および 肺魚であるとされている。
実は、シーラカンスのひれの骨格は、魚よりも陸上動物の手足に似ている
といわれている。
さらに現存のシーラカンスは海の深いところでのみ発見されているが、化
石から判断して、昔は淡水や、淡水と海水の混ざる場所にも生息していたよ
うだ。
したがって水から頭を出して空気を吸うこともできたと考えられる。
つまり浮きぶくろを肺として兼用していたと考えられる。
一方 肺魚も、オーストラリアや南米に現存し、浮きぶくろを肺がわりに
して空気を吸うことができる。
したがってシーラカンス、肺魚のどちらが先に陸上にあがったかなど、い
まのところ結論は出ていなく、学術論争のまとになっている。
それまで、シーラカンス およびその仲間ユーステノプテロン(絶滅)は、両
生類を含む陸上四肢動物の祖先であると長い間考えられてきた。
しかし1979年 アメリカでの学会で、前述の通りその定説をくつがえす
「肺魚祖先」説が出現し、いまはげしい論争を巻き起こしている。
その「論争」の焦点は鼻の穴で、普通の魚は鼻の穴が左右各側に二つずつ
開いていて、前方が水の流れ込む穴で「前鼻孔」、後方が水の流れ出る穴で
「後鼻孔」と呼ばれている。 ところが鼻の穴は肺魚や両生類では別の構造
になっていて、肺魚の場合、鼻孔は左右に一つずつしかない。
そのかわり口蓋(こうがい)の部分に穴があり、これが両生類以上の四足
動物にある「内鼻孔」と同じものかどうかで意見が分れる。
結論として、肺魚には真の内鼻孔はないのに対し、シーラカンスやユース
テノプテロンには化石からみてそれがあるとして、両生類は総鰭類から進化
したとしていた。
しかし シーラカンスの解剖学的研究が進んだ結果、シーラカンスには内
鼻孔はなく、後鼻孔のあることが明らかになり、ユーステノプテロンのも大
きい歯のおさまるところであり、内鼻孔はないらしい、となった。
肺魚の内鼻孔こそ、両生類のものと同じという意見が出た。
さらに 肺魚と原始的両生類にのみ共通な特異形質は20もあるという主
張が出た。
肺魚
分類: 硬骨魚綱(シーラカンスに近縁)
生息: デボン紀前期出現、二畳紀に全盛。
全世界の淡水に生息(当初)。
現在 オーストラリア、南アメリカ、
アフリカに1科5種が生息。
形態: ウナギ型で背びれ、尻びれ、尾びれが連続している
胸びれ、腹びれが肢状構造
四部骨格が軟骨化、浮きぶくろが肺の役目をしている
ひれ、うろこ、体系にいくつかの進化あり
≪参考文献・資料≫
「シーラカンス」 上野輝弥 著 講談社 1992
「シーラカンスの謎」 キース・トムソン 河出書房 1996
清水長 訳 新社
「ゴンベッサ永遠に」 末広陽子 著 小学館 1998
「四億年の目撃者」 サマン・ロインバーグ 文藝春秋 2001
--シーラカンスを追って-- 戸根由紀恵 訳 (文芸文庫
7-1-1)
ニュートン「シーラカンス」 教育社 1982.8
1983.5
1984.11
1988.11
1989.12
○テツガクのヒトシズク
なぜシーラカンスは4億年も
生かされてきたのだろう。
きっと、シーラカンスの存在自体が、
我々、今を生きるもの(存在)たちへの
メッセージ、なんだろうな。
恐竜が、滅びることでメッセージを
伝えようとしたのならば、
シーラカンスは、存続することで
何らかの、メッセージを。
そのちがいは、何なのだろう。
いや、伝える手段はちがくとも、
きっと 伝えたいことは、同じなの
か、なぁ ・・・
恐竜の形態だと、存続は
できないけれど、
シーラカンスのだと、生きれる。 て
ことなのだろうか。
それともけっこう、
「ひっそりと、生きる方が
この世に、存続できるんだよ」
、ということ、なのだろうか。
シーラカンスのように、
ひっそりと、生きる。
人間は、どうなのだろう。
・ ・ ・ 。
どう考えても、「ひっそり」とは、
いえないかも、なぁ -----------------------
恐竜も、その体の大きさも
あって、
どうしても、「ひっそり」とは
いきれなかったんじゃ、ないか。
どうしても、表立っていきざるを、
えなかった。
でもそれが、恐竜の滅亡を
招いたのだとしたら、
人間も、
「ひっそりと 生きる。」
そのことを、
シーラカンスに学ぶ必要が
あるんじゃないか?
恐竜の二の舞になる前に。
「ひっそりと、生きる。」
じゃあ、どう生くべきなのだろう。
きっと、それは
かくれて、生きるというより、
その存在としての「ぶ」を
わきまえて生きろ、ていうことなんじゃ
ないか。
たぶんそれは、この世に生きる
上での基本中の、キホンで。
そうおもうと、人間は、ちょっと、
少なくとも人間は、“ゴーマン”
なのかも。
手を、だしすぎっていうか ・・・
自分たちは、人間以上でも、
以下でも、ない。
それをわきまえて、
人間としての生を、
まっとう すること。
それを、シーラカンスは
伝えたいのか、なあ?
でも、頭が「よすぎる」がゆえに
“手を、だしすぎちゃう”、
そのことも、ケッコウ
人間としての生を
マットウすることのひとつと
いえるのかもね。
そうして滅びてみないと、
やっぱ、
わからないのかも、なぁ ・・・
それがやっぱ、
人間、 なのかよ! ---------------------------------
?
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“話の一滴”の“ウラ” テツガクのヒトシズクのウラバナし
(C) 2007 YO-chang Kenkyu-syo.
