“話の一滴(ひとしずく)”の“ウラ”
●今回は、「縄文時代の人口推移」についてです。
現代の日本人口は約1億3000万人である。
ところがわずか5000年前の縄文時代の人口は、遺跡の数などから類推
してなんと最高で26万人程度であったといわれていて、今でいえば、地
方の中心都市1つ分くらいの人口が、日本列島全体にちらばって住んでい
たことになる。
過密の大都市の人々にとっては天国とでもいうべきか・・・。
縄文時代のなかでの時期による人口の推移はおよそ次のように推測され
ている。
時期 人口(おおよその数)
縄文 早期 2万100人
前期 10万500人
中期 26万人
後期 16万人
晩期 7万5000人
人口の動態には 時期による異(ちが)いだけでなく、地域差も大きく関
係している。
すなわち、時間的、地域的な遺跡数の増減はとりもなおさず人口の増減、
その文化の発展度合にかかわっていると考えられる。
その原因は、自然環境の変化、生産活動の好・不況にも深く結びついて
いると思われる。
以上のように、ひと口で縄文時代の人口・文化といっても、その時期、
地域毎に栄枯盛衰がみられ、複雑にからみ合い、その動きの中で、縄文
時代・文化が総体として一つの時代を築きあげたと考えられる。
人口・遺跡の動態はそうした縄文時代の大きな歴史の流れを反映してい
るとみられる。
このあと、弥生時代以降の日本列島は、次第に人口密度や文化の先進
性の上で、東日本より西日本の方が優位になっていったと推定すること
ができる。
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